スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

-------- -- --:--
別窓 | スポンサー広告
FLOWER。
FLOWER。

スポンサーサイト
2011-03-26 Sat 00:40
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
危機管理---感知、解析、解毒、再生。
危機管理の専門家である「リスクヘッジ」の田中辰巳・代表は、今回のような重大な危機に際しては、「感知」(危機を感じ取り、事態を掌握する)、「解析」(事態を認識し、展開を予測する)、「解毒」(誠実・正確な情報公開で不安を取り除く)、「再生」(修復と出口戦略)の4つが肝要だと分析したうえで、枝野氏の言動をこう評した。
2011-03-21 Mon 17:51
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
<中国人が見た日本>未曽有の震災で浮き彫りとなった日本と中国の国民性の違い
<中国人が見た日本>未曽有の震災で浮き彫りとなった日本と中国の国民性の違い
Record China 3月20日(日)13時16分配信

拡大写真
11日、東日本大震災で日本人の民度の高さに驚いた中国人ブロガーが、「中国人と日本人の差」と題した記事を中国のブログサイトに掲載した。写真は16日、新潟で避難生活を送る在日中国人ら。
2011年3月11日、東日本大震災で日本人の民度の高さに驚いた中国人ブロガーが、「中国人と日本人の差」と題した記事を中国のブログサイト・鳳凰博報に掲載した。以下はその内容。

【その他の写真】

大災害を前にした時こそ、真の国民性が現れる。日本を襲った未曽有の大地震と津波。それに対する中国人と日本人の反応の差はあまりにも歴然としている。日本人の冷静さには驚くばかり。命を失うかもしれないという恐怖の中、整然と秩序を保っている。四川大地震の時は生徒を見捨てて真っ先に逃げた教師が国中から批判を浴びたが、そんな輩はもちろんいなかった。一方、中国では隣国の震災から6日後、放射能漏れの恐怖からパニックが発生。食塩に被曝予防効果があるとのデマが広がり、買い占め現象が起きた。

日本のメディアも国民の恐怖をあおるような報道はせず、真実のみを淡々と伝えることを使命としていた。それが国や国民に対する責任である、と。一方、中国の新聞やネットが報じる震災のニュースはやたらとセンセーショナルで恐怖をあおるような内容ばかり。まるで血の匂いを嗅ぎつけたハイエナのように、あることないことを我先にと興奮気味に報じている。

日本人の団結力にも感心させられた。その反対に中国人の自己中心ぶりは情けない。日本人は四の五の言わず黙ってやるべきことをやるが、中国人はまず大々的にスローガンを打ち立ててからでないと動けない。日本人は「冷静なオオカミ」、中国人は「やたらと動き回る羊」といったところか。

今回の震災が起こるまで、中国人はもう少しまともな民族だと思っていた。筆者は決して外国崇拝者ではないが、今回ばかりは中国人と日本人の民度の差をまざまざと見せつけられた気がする。万が一、両国が再び戦火を交えることになったら…。我々は日本人に勝てるなどと思わない方が良いかもしれない。(翻訳・編集/NN)

2011-03-21 Mon 00:52
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
「日本には決してあきらめないという意味の『不屈の精神』がある」
「日本には不屈の精神」ソニー会長が米紙に寄稿
2011.3.19 17:04
 ソニーのハワード・ストリンガー会長は、18日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルに寄稿し、「日本には決してあきらめないという意味の『不屈の精神』がある」と紹介した。

 ストリンガー会長は「粘り強さと忍耐と希望」を映すこの精神により、日本が東日本大震災による「試練を乗り越える」と記した。

 会長は、震災前には日本の若者が生きる目標を失っているとの指摘もあったとした上で、「日本人が以前より力強く、新たな目標を持って立ち上がるだろう」と強調した。(共同)

2011-03-20 Sun 17:19
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
 「難局日本の名宰相は絶対に強くなければならぬ。強からんが為には、誠忠に謹慎に廉潔に、しこうして気宇広大でなければならぬ」
 「難局日本の名宰相は絶対に強くなければならぬ。強からんが為には、誠忠に謹慎に廉潔に、しこうして気宇広大でなければならぬ」
2011-03-16 Wed 09:14
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
「我慢」という日本語を引き合いに「日本人の忍耐力や冷静さ、秩序は実に高潔だった」
クリストフ氏は、阪神大震災時の取材で、崩壊した商店街で略奪がほとんどなかったことや、支援物資の奪い合いが生じなかった事例を紹介。「我慢」という日本語を引き合いに「日本人の忍耐力や冷静さ、秩序は実に高潔だった」と説明し、「今後、それらが示されるだろう」と期待を寄せた。
2011-03-14 Mon 02:13
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
原発ジプシー。
原発ジプシー
2010年 12月 26日 17:36 《佐賀》 【コラム】 <オピニオン> <原発>
川上武志

 私は浜岡原発で5年間余り働いていたのだが、原子力発電所で働いていた経歴は浜岡だけではなく、その前にも30歳代の頃、昭和50年代に10年間近く原発の仕事に携わっていたことがあります。その当時はある特定の現場で働いていたわけではなく、定検工事で各地の原発を渡り歩いていた。最近ではそのような人々のことを「原発ジプシー」と、いくらかの侮蔑を込めて呼ぶそうだが、その頃まさに私はそのような生き方をしていたのだった。

 ジプシーのような浮き草のような生活を始めて2年目のこと、佐賀県にある玄海原子力発電所で働いている時に、原子炉の炉心部に入ることになった。炉心部とは、ウラン燃料を燃焼させる場所である。核反応を引き起こし、その膨大なエネルギーでタービンを回転させて電気をつくるのだが、ウラン燃料を燃焼させる場所だから、他とは比較にならないぐらいの高放射線エリアである。そこに入って、原子炉内の傷の有無を調べるロボットを取り付けるのが、私に与えられた仕事だった。

 実は、その日、原子炉内に入ってロボットを取り付ける作業は他の人が受け持っていた。そして取り付けは完了したのだが、ロボットが外部からの操作に反応しないというアクシデントが起こった。炉内の壁面には無数の小さな穴が等間隔に開いていて、その穴にロボットの6本(だったと思う)の足が入り、遠隔操作で移動する仕組みになっている。しかし、どうも足が完全に正規の位置に入っていないようだというのが、取り付け作業を監督する立場にある社員たちの結論だった。

 足が完全に入っていない状態だというのが本当なら、そのまま放置しているといつ落下してもおかしくない。落下すると、数千万円と言われている精密機械が破損することになる。だから、そうなる前に正規の位置にロボットをセットするために私が急遽入ることになったのだ。原子炉近くのエリアで、炉心に入るための装備の装着を始めた。装着するために、2名の作業員が手伝ってくれた。すでに作業着は2枚重ねて着ているのだが、その上から紙製、ビニール製のタイベックスーツを着用し、エアラインマスクをかぶり、首の部分、手首の部分、足首の部分など少しでも隙間の生じる恐れのある個所を、ビニールテープでぐるぐる巻きにされた。

 まるで宇宙服のような装備の装着が完了すると、炉心部に向かった。炉心部周辺に到ると、そこに2名の作業員が待機していた。日本非破壊検査という会社の社員たちだったが、驚いたことに、高放射能エリアだというのに彼らはごく普通の作業着姿だった。マスクさえ付けていないのだ。その中の責任者らしい人物が私を手招いた。彼はマスクの中の私の目を見たあと、大きくうなずきを繰り返した。私の目を見ることによって、炉心内の作業に耐えられるかどうか判断したのだろう。

 その彼と共に原子炉に近づいた。この時に初めて原子炉本体を目にしたのだが、直径3メートルほどの球形もしくは楕円形をしていて(原子炉の大きさには記憶違いがあるかも知れない)、私たちの立っているグレーチングよりも少し高い位置にあった。原子炉の底部は私の肩ぐらいの高さだったから、1・5メートル弱といったところだろうか。その底部にマンホールがあった。マンホールは開いていて、そこから中に飛び込むだろうことはすぐに理解できた。

 日本非破壊検査の作業責任者は私の肩を抱き一緒にマンホールに近づいた。マンホールの入口ぎりぎりまで顔を近づけ、見上げるようにして中を覗いた。内部は薄暗く空気が濃厚によどみ、まるで何か邪悪なものでも住み着いているような印象を受けた。私の表情はこわばった。かすかに恐怖心を抱いたのだ。マンホールに近づくに連れて耳鳴りが始まり、入るのを拒否しているように感じられた。内部を覗き目を凝らしてみると、社員の指差す壁面にロボットが取り付けられていた。その取り付け方が不完全なので私が入ることになったのだ。しかし、内部は何とも不気味な雰囲気が漂い、この場から逃げ出したいのを必死でこらえていた。いくら嫌でも、入るのを拒否できる立場ではなかった。

 探傷ロボットの形状は一辺が40センチほどの正方形で、厚みが20センチぐらいだろうか。「蜘蛛型ロボット」と呼ばれていた。日本非破壊検査の社員はマンホールの入口間際まで顔を近づけるというか、どうかすると内部に顔の3分の1ぐらい差し入れて覗き込んだりして、熱心に私に説明している。この頃はまだ、労働者の放射線の危険に対する認識がかなり好い加減な時代だったが、一緒に内部を覗きながら私は、この社員さんの大胆な行動を危惧したものだった。

 彼は平然と覗き込んでいるが、恐怖心は湧いてこないのだろうかと思ったものだった。私の装備はほぼ完全な状態だったが、彼は半面マスクさえも装着していなかったのだ。最近の話になるが、ほんの数年前のこと、浜岡原発で非破壊検査の仕事を長くしていた労働者が顎のガンにかかった。彼の同僚たちは、放射線を浴び続けることによってガンに侵されたのだろうと噂しあったが、中部電力は浜岡原発での作業とガン発症の因果関係を認めようとしなかった。それに同僚たちも、後難を恐れて彼の病が原発での作業ゆえという発言を控えた。中電に睨まれるのを嫌ったのだ。

 この人は裁判に持ち込んで闘ったが、結局、裁判にも破れ、顎から絶え間なく血を流しながら無念の思いを抱いたまま死んでいったと聞いている。この事例を取り扱った静岡市の鷹匠法律事務所の大橋昭夫先生は、あの件はいま考えても浜岡原発内での作業が原因だったと確信を持っていると、悔しそうな表情で語っていました。30年も昔のこと、初めて炉心に入る私のために、マンホールに顔を近づけて説明してくれていた日本非破壊検査の社員さんの顔面には、目に見えない放射線がいっぱい突き刺さっていたに違いなかった。私よりもいくらか年上の人でしたが、もう生きていないのではないだろうかと、この文章を書きながら思ったものでした。

 炉心内部での作業の説明を詳しく受けたあと、いよいよ入ることになった。マンホールの真下に踏み台が置かれ、マンホールの斜め下にしゃがんで待機している私に対して、非破壊検査の社員が大きくうなずいて合図を送った。私は立ち上がると、頭を低くして踏み台に上がり、体を伸ばして上半身をマンホールの内部に突っ込んだ。その瞬間、グワーンという感じで何かが襲いかかり、頭が激しく締めつけられた。すぐに耳鳴りが始まった。恐怖と闘いながらマンホールの縁に両手を置き、勢いをつけて内部に全身を入れた。耳鳴りがいっきに激しくなった。

 ある作業員は、炉心に飛び込んだ直後に蟹の這う音を聞いたらしい。「サワサワサワ・・・・」という、まるで蟹が這っているような不気味な音は作業を終えたあとも耳元から離れなかったそうです。それどころか定検工事が終わり、地元に帰ったのちもこの音から解放されず、完全にノイローゼ状態になったとのことでした。この話を伝え聞いたあるライターが彼を取材し、体験話をヒントにして推理小説を書いたそうです。その本のタイトルは、「原子炉の蟹」。1981年出版のこの本は、その当時我々の間でかなり話題になりました。

 私の場合は蟹の這うような音は聞こえなかったが、頭を激しく締めつけられる感覚と、かなり早いテンポの読経のような響きがガンガン耳奥で響いていました。原子炉内部に飛び込むと急いで立ち上がった。勢い良く立ち上がると、ヘルメットが天井に当たった。やむなく首を傾ける姿勢をとり、薄暗い中でロボットを両手でしっかりとつかみ、「オッケー!」と大声で叫んだ。するとロックが解除され、ロボットの足が穴から飛び出た。ロボット本体は、思っていたよりも重くはない。足の位置を正確に穴に合わせ、再びオッケーと合図を送った。カチャリと足が穴に差し込まれた。うす闇の中で慎重にすべての足が穴に入っているのを確認すると、再度オッケーと叫び、あわててマンホールから外に飛び出た。

 その間、費やした時間は約15秒。私が逃げるようにマンホールから外に出ると、責任感の強い日本非破壊検査の社員は、またもやマンホールに顔を近づけてというよりも、顔の上半分を内部に差し入れてロボットの位置の確認をしていた。眼球ガンという病があれば、彼は容易くその患者となる資格を有しているように思えた。急いで炉心部から離れ、防護服を着脱するエリアに入った。防護服はいちじるしく汚染されているので、脱ぐのは慎重であった。ゴム手袋を何枚もつけた作業員がぐるぐる巻きにしたガムテープをハサミで切ってくれ、タイベックスーツと呼ばれている防護服は2名の作業員によって慎重に脱がされた。そのあとタイベックスーツは、裏返しに折りたたまれたまま素早くビニール袋の中に入れられた。タイベックスーツ内は、エアラインで空気が送れ込まれていたので比較的に涼しく、ほとんど汗をかくことはなかった。

 半ば放心状態でアラームメーターを取り出してみると、最高値を記録できる200のアラームメーターで、180余りの数値を記録していた。たった15秒の作業で、180ミリレムという信じられないような高放射能を浴びたのである。この当時は、いまと違って放射線の数値はミリレムという単位が採用されていた。いまはシーベルトという単位を使用している。この時の定検工事では1ヵ月余り作業に携わり、このあと私はもう一度原子炉内に飛び込んだ。2度目に入った時も恐怖心を克服することはできず、同じように不気味な耳鳴りも体験したのでした。

2011-03-14 Mon 00:53
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
日本の原発奴隷
エル・ムンド[EL MUNDO:スペインの新聞 ]2003.6.8



調査報告/原子力発電所における秘密

日本の原発奴隷




 日本の企業は、原子力発電所の清掃のために生活困窮者を募っている。 多くが癌で亡くなっている。クロニカ〔本紙〕は、このとんでもないスキャンダルの主人公達から話を聞いた。

DAVID JIMENEZ 東京特派員
 福島第一原発には、常に、もう失うものを何も持たない者達のための仕事がある。松下さんが、東京公園で、住居としていた4つのダンボールの間で眠っていた時、二人の男が彼に近づき、その仕事の話を持ちかけた。特別な能力は何も必要なく、前回の工場労働者の仕事の倍額が支払われ、48時間で戻って来られる。2日後、この破産した元重役と、他10名のホームレスは、首都から北へ200kmに位置する発電所に運ばれ、清掃人として登録された。
 「何の清掃人だ?」誰かが尋ねた。監督が、特別な服を配り、円筒状の巨大な鉄の部屋に彼らを連れて行った。30度から50度の間で変化する内部の温度と、湿気のせいで、労働者達は、3分ごとに外へ息をしに出なければならなかった。放射線測定器は最大値をはるかに超えていたため、故障しているに違いないと彼らは考えた。一人、また一人と、男達は顔を覆っていたマスクを外した。「めがねのガラスが曇って、視界が悪かったんだ。時間内に仕事を終えないと、支払いはされないことになっていた」。53歳の松下さんは回想する。「仲間の一人が近づいてきて言ったんだ。俺達は原子炉の中にいるって」。
 この福島原発訪問の3年後、東京の新宿公園のホームレスたちに対して、黄ばんだ張り紙が、原子力発電所に行かないようにと警告を発している。“仕事を受けるな。殺されるぞ”。彼らの多くにとっては、この警告は遅すぎる。日本の原子力発電所における最も危険な仕事のために、下請け労働者、ホームレス、非行少年、放浪者や貧困者を募ることは、30年以上もの間、習慣的に行われてきた。そして、今日も続いている。慶応大学の物理学教授、藤田祐幸氏の調査によると、この間、700人から1000人の下請け労働者が亡くなり、さらに何千人もが癌にかかっている。

完全な秘密
 原発奴隷は、日本で最も良く守られている秘密の一つである。いくつかの国内最大企業と、おそるべきマフィア、やくざが拘わる慣行について知る人はほとんどいない。やくざは、電力会社のために労働者を探し、選抜し、契約することを請負っている。「やくざが原発親方となるケースが相当数あります。日当は約3万円が相場なのに、彼等がそのうちの2万円をピンハネしている。労働者は危険作業とピンハネの二重の差別に泣いている」と写真家樋口健二氏は説明する。彼は、30年間、日本の下請け労働者を調査し、写真で記録している。
 樋口氏と藤田教授は、下請け労働者が常に出入りする場所を何度も訪れて回り、彼らに危険を警告し、彼らの問題を裁判所に持ち込むよう促している。樋口氏はカメラによって―彼は当レポートの写真の撮影者である―、藤田氏は、彼の放射能研究によって、日本政府、エネルギーの多国籍企業、そして、人材募集網に挑んでいる。彼らの意図は、70年代に静かに始まり、原発が、その操業のために、生活困窮者との契約に完全に依存するに至るまで拡大した悪習にブレーキをかけることである。「日本は近代化の進んだ、日の昇る場所です。しかし、この人々にとっては地獄であるということも、世界は知るべきなのです。」と樋口氏は語る。
 日本は、第二次世界大戦後の廃墟の中から、世界で最も発達した先進技術社会へと移るにあたって、20世紀で最も目覚しい変革をとげた。その変化は、かなりの電力需要をもたらし、日本の国を、世界有数の原子力エネルギー依存国に変えた。
 常に7万人以上が、全国9電力の発電所と52の原子炉で働いている。発電所は、技術職には自社の従業員を雇用しているが、従業員の90%以上が、社会で最も恵まれない層に属する、一時雇用の、知識を持たない労働者である。下請け労働者は、最も危険な仕事のために別に分けられる。原子炉の清掃から、漏出が起きた時の汚染の除去、つまり、技術者が決して近づかない、そこでの修理の仕事まで。
 嶋橋伸之さんは、1994年に亡くなるまでの8年近くの間、そのような仕事に使われていた。その若者は横須賀の生まれで、高校を卒業して静岡浜岡原発での仕事をもちかけられた。「何年もの間、私には何も見えておらず、自分の息子がどこで働いているのか知りませんでした。今、あの子の死は殺人であると分かっています」。彼の母、美智子さんはそう嘆く。
 嶋橋夫妻は、伸之さんを消耗させ、2年の間病床で衰弱させ、耐え難い痛みの中で命を終えさせた、その血液と骨の癌の責任を、発電所に負わせるための労災認定の闘いに勝った、最初の家族である。彼は29歳で亡くなった。
 原子力産業における初期の悪習の発覚後も、貧困者の募集が止むことはなかった。誰の代行か分からない男達が、頻繁に、東京、横浜などの都市を巡って、働き口を提供して回る。そこに潜む危険を隠し、ホームレスたちを騙している。発電所は、少なくとも、毎年5000人の一時雇用労働者を必要としており、藤田教授は、少なくともその半分は下請け労働者であると考える。
 最近まで、日本の街では生活困窮者は珍しかった。今日、彼らを見かけないことはほとんどない。原発は余剰労働力を当てにしている。日本は、12年間経済不況の中にあり、何千人もの給与所得者を路上に送り出し、一人あたり所得において、世界3大富裕国の一つに位置付けたその経済的奇跡のモデルを疑わしいものにしている。多くの失業者が、家族を養えない屈辱に耐え兼ねて、毎年自ら命を絶つ3万人の一員となる。そうでない者はホームレスとなり、公園をさまよい、自分を捨てた社会の輪との接触を失う。

“原発ジプシー”
 原発で働くことを受け入れた労働者たちは、原発ジプシーとして知られるようになる。その名は、原発から原発へと、病気になるまで、さらにひどい場合、見捨てられて死ぬまで、仕事を求めて回る放浪生活を指している。「貧困者の契約は、政府の黙認があるからこそ可能になります」。人権に関する海外の賞の受賞者である樋口健二氏は嘆く。
 日本の当局は、一人の人間が一年に受けることが可能である放射線の量を50mSvと定めている。大部分の国が定めている、5年間で100 mSvの値を大きく超えている。理論上、原子力発電所を運営する会社は、最大値の放射線を浴びるまでホームレスを雇用し、その後、「彼らの健康のために」解雇し、ふたたび彼らを路上へ送り出す。現実は、その同じ労働者が、数日後、もしくは数ヵ月後、偽名でふたたび契約されている。そういうわけで、約10年間、雇用者の多くが、許容値の何百倍もの放射線にさらされている説明がつくのである。

長尾光明、78歳、多発性骨髄腫に罹患。東電・福島第一原発で働いた自分の写真を抱える/ 撮影:樋口健二  長尾光明さんは、雇用先での仕事の際に撮られた写真をまだ持っている。写真では、彼は、常に着用するわけではなかった防護服を着ている。病気になる前、5年間働いた東電・福島第一原発で、汚染除去の作業を始める数分前にとった写真である。78歳、原発ジプシーの間で最も多い病気である骨の癌の克服に励んで5年を経た今、長尾さんは、原発を運営する会社と日本政府を訴えることに決めた。興味深いことに、彼は、契約されたホームレスの一人ではなく、監督として彼らを指揮する立場にあった。「大企業が拘わる仕事では、何も悪い事態が起こるはずはないと考えられてきました。しかし、これらの企業が、その威信を利用し、人々を騙し、人が毒される危険な仕事に人々を募っているのです」と長尾さんは痛烈に批判する。彼は、許容値を超える大量の放射線にさらされてきたため、歩行が困難となっている。
 30年以上の間、樋口健二氏は、何十人もの原発の犠牲者の話を聞き、彼らの病を記録してきた。彼らの多くが瀕死の状態で、死ぬ前に病床で衰弱していく様子を見てきた。おそらくそれ故、不幸な人々の苦しみを間近で見てきたが故に、調査員となった写真家は、間接的にホームレスと契約している多国籍企業の名を挙げることに労を感じないのだ。東京の自宅の事務所に座り、紙を取り出し、書き始める。「パナソニック、日立、東芝…」。

広島と長崎
 企業は、他の業者を通してホームレスと下請け契約をする。労働者の生まれや健康状態などを追跡する義務を企業が負わずにすむシステムの中で、それは行われている。日本で起こっている事態の最大の矛盾は、原子力を誤って用いた結果について世界中で最も良く知っている社会の中で、ほとんど何の抗議も受けずに、この悪習が生じているということである。1945年8月6日、アメリカ合衆国は、その時まで無名であった広島市に原子爆弾を投下し、一瞬にして5万人の命が失なわれた。さらに15万人が、翌5年間に、放射線が原因で亡くなった。数日後、長崎への第二の爆弾投下により、ヒロシマが繰り返された。
 あの原子爆弾の影響と、原発の下請け労働者が浴びた放射線に基づいて、ある研究が明らかにしたところによると、日本の原発に雇用された路上の労働者1万人につき17人は、“100%”癌で亡くなる可能性がある。さらに多くが、同じ運命をたどる“可能性が大いにあり”、さらに数百人が、癌にかかる可能性がある。70年代以来、30万人以上の一時雇用労働者が日本の原発に募られてきたことを考えると、藤田教授と樋口氏は同じ質問をせざるをえない。「何人の犠牲者がこの間亡くなっただろうか。どれだけの人が、抗議もできずに死に瀕しているだろうか。裕福な日本社会が消費するエネルギーが、貧困者の犠牲に依存しているということが、いつまで許されるのだろうか」。
 政府と企業は、誰も原発で働くことを義務付けてはおらず、また、どの雇用者も好きな時に立ち去ることができる、と確認することで、自己弁護をする。日本の労働省の広報官は、ついに次のように言った。「人々を放射線にさらす仕事があるが、電力供給を維持するには必要な仕事である」。
 ホームレスは、間違いなく、そのような仕事に就く覚悟ができている。原子炉の掃除や、放射能漏れが起こった地域の汚染除去の仕事をすれば、一日で、建築作業の日当の倍が支払われる。いずれにせよ、建築作業には、彼らの働き口はめったにない。大部分が、新しい職のおかげで、社会に復帰し、さらには家族のもとに帰ることを夢見る。一旦原発に入るとすぐ、数日後には使い捨てられる運命にあることに気づくのである。
 多くの犠牲者の証言によると、通常、危険地帯には放射線測定器を持って近づくが、測定器は常に監督によって操作されている。時には、大量の放射線を浴びたことを知られ、他の労働者に替えられることを怖れて、ホームレス自身がその状況を隠すことがあっても不思議ではない。「放射線量が高くても、働けなくなることを怖れて、誰も口を開かないよ」。斉藤さんはそう話す。彼は、「原発でいろんな仕事」をしたことを認める、東京、上野公園のホームレスの一人である。

原子炉の内部。下請け労働者のグループが日本の原子炉内部で働く。彼らのうち何名かは原発奴隷である。彼らは、何らかの技術的知識が与えられることはなく、国際協定で認めら れた最大値の1万7000倍の放射線を浴びている/撮影:樋口健二  原発で働く訓練と知識が欠如しているため、頻繁に事故が起きる。そのような事故は、従業員が適切な指導をうけていれば防げたであろう。「誰も気にしていないようです。彼らが選ばれたのは、もしある日仕事から戻らなくても、彼らのことを尋ねる人など誰もいないからなのです。」と樋口氏は言う。一時雇用者が、原発の医療施設や近くの病院に病気を相談すれば、医者は組織的に、患者が浴びた放射線量を隠し、“適性”の保証つきで患者を再び仕事に送り出す。絶望したホームレスたちは、昼はある原発で、夜は別の原発で働くようになる。
 この2年間、ほとんど常に藤田、樋口両氏のおかげで、病人の中には説明を求め始めた者達もいる。それは抗議ではないが、多くの者にとっての選択肢である。村居国雄さんと梅田隆介さん、何度も契約した末重病にかかった二人の原発奴隷は、雇用補助の会社を経営するヤクザのグループから、おそらく、殺すと脅されたために、それぞれの訴訟を取り下げざるをえなかった。

毎日の輸血
 大内久さんは、1999年、日本に警告を放った放射線漏れが起きた時、東海村原発の燃料処理施設にいた3人の労働者の一人である。その従業員は、許容値の1万7000倍の放射線を浴びた。毎日輸血をし、皮膚移植を行ったが、83日後に病院で亡くなった。
 労働省は、国内すべての施設について大規模な調査を行ったが、原発の責任者はその24時間前に警告を受けており、多くの施設は不正を隠すことが可能であった。そうであっても、国内17の原発のうち、検査を通ったのはたったの2つであった。残りについては、最大25の違反が検出された。その中には、労働者の知識不足、従業員を放射線にさらすことについての管理体制の欠如、法定最低限の医師による検査の不履行なども含まれた。その時からも、ホームレスの募集は続いている。
 松下さんと他10名のホームレスが連れて行かれた福島原発は、路上の労働者と契約する組織的方法について、何度も告発されている。慶応大学の藤田祐幸教授は、1999年、原発の責任者が、原子炉の一つを覆っていたシュラウドを交換するために、1000人を募集したことを確認している。福島原発での経験から3年後、松下さんは、「さらに2、3の仕事」を受けたことを認めている。その代わり、彼に残っていた唯一のものを失った。健康である。2、3ヶ月前から髪が抜け始めた。それから吐き気、それから、退廃的な病気の兆候が現れ始めた。「ゆっくりした死が待っているそうだ。」と彼は言う。

                         * * * * *
 この新聞は、インタビューを受けられた樋口健二氏より提供された。記事の訳内容の一部は、樋口氏によって訂正されている。なお、原文では、写真は全てカラーで掲載。
訳責:美浜の会

2011-03-14 Mon 00:49
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
道徳心に満ち溢れた素晴らしい日本人
世界が日本人を絶賛
12 分前に投稿 記事掲載サイト
■何キロも歩いて帰宅する間、グループを作って協力し合い、慌てる事なく、秩序を守っている。
■夜中にもかかわらず、歩いて帰宅する人たちのために沿道の商店がトイレを提供したり中には飲み物や食べ物を分け与える。
■このような状況でも商店では一列に整列して順番を待ち料金を支払って食品等の購入をしている。略奪などあり得ない。
■被災地でも互いに励まし合い、助け合い、協力し合う。

道徳心に満ち溢れた素晴らしい日本人
世界が日本人の頑張る姿勢を絶賛しています。

負けないで!日本人!
頑張って被災者のみなさん!

2011-03-13 Sun 20:33
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
なるべく日本人の良いところを信じよう??
中国、日本人の冷静さを絶賛 「マナー世界一」の声も
2011.3.12 19:07

クリックして拡大する
地震の影響で列車が運休し、JR新橋駅の構内で階段に座り込む通勤客ら=11日午後6時39分

 地震多発国で東日本大震災への関心が高い中国では12日、非常事態にもかかわらず日本人は「冷静で礼儀正しい」と絶賛する声がインターネットの書き込みなどに相次いでいる。短文投稿サイト「ツイッター」の中国版「微博」では、ビルの中で足止めされた通勤客が階段で、通行の妨げにならないよう両脇に座り、中央に通路を確保している写真が11日夜、投稿された。

 「(こうしたマナーの良さは)教育の結果。(日中の順位が逆転した)国内総生産(GDP)の規模だけで得られるものではない」との説明が付いた。

 この「つぶやき」は7万回以上も転載。「中国は50年後でも実現できない」「とても感動的」「われわれも学ぶべきだ」との反響の声があふれた。大震災を1面で報じた12日付の中国紙、環球時報も「日本人の冷静さに世界が感心」との見出しで報じた。(共同)

2011-03-12 Sat 20:36
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
元少年3人死刑 「厳罰」支持した最高裁判決(3月11日付・読売社説)
元少年3人死刑 「厳罰」支持した最高裁判決(3月11日付・読売社説)
 凶悪事件を引き起こした少年には厳罰で臨む。その流れを決定付ける司法判断といえよう。

 1994年に大阪、愛知、岐阜で起きた連続リンチ殺人事件で、最高裁は、犯行時18~19歳だった3人の男を、いずれも死刑とする判決を言い渡した。

 同一事件で複数の少年の死刑が確定するのは、記録が残る66年以降、初めてのことだ。判決は今後、少年事件の量刑を判断する際の一つの指標となるだろう。

 3人は11日間に4人の命を奪い、殺人罪などに問われた。

 路上で男性に言いがかりをつけ、部屋に連れ込んで絞殺した。仲間の男性に暴行し、河川敷に放置して死亡させた。娯楽施設にいた男性3人を車に監禁し、現金を奪った上、うち2人を金属パイプで殴るなどして殺害した。

 極めて残虐な事件である。

 名古屋地裁は、犯行の中心的立場にいたとして1人に死刑を言い渡した。残る2人については、犯行での役割や矯正の可能性に差があるとして無期懲役とした。

 名古屋高裁は3人全員を死刑とした。3人の行為について、「刑を異にするほどの差はない」と判断したためだった。

 最高裁はこの高裁判決を支持した。犯行を「なぶり殺しというべき凄惨
せいさん
なもの」と指弾し、地裁が無期懲役とした2被告についても「追随的・従属的だったとはいえない」などと判断した。

 犯行時に少年だったことを「酌むべき事情」の一つに挙げてはいるが、それを「最大限考慮しても、死刑はやむを得ない」と結論付けた。4人殺害という重大性を重視した結果である。

 少年法は少年の健全育成・保護を基本理念とし、18歳未満の少年に死刑を適用することを禁じている。だが、「年長少年」と言われる18~19歳はその対象外だ。

 年長少年の行動には、大人と同様の責任が伴う。重大な罪を犯せば厳しく罰せられる。判決からは、最高裁が発したメッセージが汲

み取れよう。

 昨年11月、少年事件の裁判員裁判で初めて死刑が言い渡された。2人を殺害し、1人に重傷を負わせた被告は犯行時、18歳だったが、仙台地裁は被告の年齢について、「死刑を回避する決定的な事情とはいえない」と指摘した。

 少年による凶悪事件が相次ぎ、市民の目が厳しくなっていることの表れだろう。

 少年への厳罰を少年犯罪の抑止につなげていかねばならない。

(2011年3月11日01時01分 読売新聞)

2011-03-11 Fri 21:24
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:1
妻を持つべきか
妻を持つべきか

Dain提供:わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

2011年03月09日00時15分
15
ツイート
13
コメント
28
total
持てる人はほろ苦く、持たざる人は甘さを感じる一冊。

持つべきか、持たざるべきか、それが問題だ……なんて深刻に考えず、勢いよく結婚を申し込んで十余年。他人は知らんが、少なくとも今のわたしにとって、「よい」方向へ進んだ(と、思いたい)。この「よい」とは、自分の人生を破滅的なトコから抜け出す方向への「よい」。砕いていうなら、銭金とか、生活習慣とか、人づきあいとか、感情の落とし処になる。もちろん、子どもの存在も大きい。妻子のおかげで生きてこられた、と断定できる。

これは、「少なくとも今のわたしにとって」の現在進行形の断定であって一般化できない。だから安易にオススメできない。踏みきるにはある種の勢いと直感が必要だが、続けるには別の種類の努力と諦観が「互いに」必要だから(←これも「今」「わたし」の判断)。

人生は還元できないが、結婚も然り。だが、人生同様、経験を積んだ人の言葉から傾向はつかめる。ソクラテスの悪妻は有名だが、彼ですら、独身か妻帯かと訊かれたときこう答えている―――「二つのどちらを選んでみても、どのみち後悔するものだ。人生なにごとにつけても、苦労や面倒、危険に満ち溢れている」。つまり、正解はないのだ。

妻帯することが、はたして人生を楽しく快適に過ごすことに通じるのか、あるいは人間の義務に関わることなのか、この問題に真正面から取り組んだ……というのは、話半分、いや九割くらい割り引いたほうがいい。これはルネサンス末期の聖職者の論説で、諧謔に満ちたアンチ・フェミニズムの系譜を引き継いでいる。いわゆる"ネタ"として笑いつつ、ちょっと身に詰まされる本なのだ。

結婚する前に、自分が一種の「甘さ」を抱いていたことは結婚後に思い知ったが、本書で再確認できた。著者はハッキリ錯覚だと言い切る。結婚する女性が、従順で上品で教育があって躾も申し分ないと考えるのは、ギャンブルに等しいという。しかも、(自分で)分かった上での賭け金が自分の人生そのものなのだから、どうオブラートにくるんでも自己欺瞞にほかならない。快楽に目が眩んで罠に陥るなと警告を送る。ここらあたりは同感だ。結婚したらタダでヤりまくりじゃん!! なんて無邪気な雄(わたしがそうだったw)には、「タダより高いものはない」という言葉を贈ろう。大事なことだから2回言うね、「タダほど高いものはない」。

しかし、中盤から風向きが変わる。女性、とりわけ妻の底意地の悪さ、偽善、虚栄、色欲などを槍玉に挙げる。おしゃべり好き、口さがないこと、食べ物に目のないことなどをあげつらう。よっぽど酷い目に遭ったのかと思いきや、著者デッラ・カーサ自身の結婚生活は数年だったそうな(妻は病没)。パートナーは鏡でもあるのだから、その「酷さ」は著者自身の顕れかもしれぬ。ミソジニーを顕に女性を悪しざまにいう書き手の心理を透かしながら読むと、反面教師となるだろう。

いっぽう、本書で身に詰まされたのは、自己正当化の罠。自分の結婚に対し、既に莫大なコスト(時と金と感情)を支払ってきたので、それを否定しようとする考えには自ずとブレーキが掛かる。いわゆるサンクコストの効果やね。人生とか結婚とか、やり直しがきかないことに対しては、自己正当化の圧力が高まることは、常に意識しておかないと。

さもないと、結婚不全を相手のせいにしてしまう。自己正当化のあまり、うまくいかない理由を相手に押し付けるのは、(事実如何にかかわらず)不毛で危険だ。これはリコンする場合も一緒だ。とある賢者曰く、認識の相違から生じた判断ミスを後悔する時、何故か人間は、他者を憎悪する。己が正しさが己の判断を歪めるのだ。

「わたし」はかなり巧妙で、ややもすると自分を丸ごと騙くらかす。「自己欺瞞を疑うメタな"わたし"」も含めて、自分の正しさを証明しようとする。そういう自分の"ズルさ"を指摘してくれるのは、いつだって嫁さんだ。つまり、嫁さんに映して"わたし"をより「よく」見ることができる。この「よく」はグッドじゃなくってクレバーやな。

「妻を持つべきか」には、それほど高尚な(高邁な?)思考はつづられていない。歪んだ論が並べてあるだけだ。だが、読むと必ず反応する。「歪んだ」のは読み手=自分を基準にしたから。自分の何を?結婚生活を。ならオマエは何を費やし何を得た?と自問自答できる。それが愉しいのだ。

思ったことを吐き出してみたら、"自分が"読みたい文章になった。10年後のわたしは、もっと面白く読むだろう(まさにウェブログ!)。

持てる人も、持たざる人も、思索のトリガーにどうぞ。

2011-03-10 Thu 02:28
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
日本の入試制度が持つ「機会の平等」機能 - 東郷航平
日本の入試制度が持つ「機会の平等」機能 - 東郷航平

アゴラ提供:アゴラ - 言論プラットフォーム

2011年03月09日12時58分
1
ツイート
4
コメント
5
total
最近、京都大学のカンニング問題に関連して、「そもそも入試制度が時代錯誤だからいけない」というような意見を頻繁に耳にする。 確かに今の入試制度にはいくつかの問題点があるが、良い点もある。 そしてこの良い点があまり理解されていないように思われる。現在の、試験の点数一辺倒、本番一発勝負の入試の持つ良い点は、二つの側面で比較的公平であることである。一つは家庭の経済力に対する公平であり、もう一つは社会的評価に対する公平である。

まず一つ目の、家庭の経済力に対する公平から説明したい。今の日本の入試では、AOや推薦もあるが主流は依然ペーパーテスト一発勝負である。受験料さえ払えば、テストの成績が良かった奴が合格する。そしてそのテストは基本的に学校で教える内容に基づいて出題されており、学校の勉強ができれば良い点をとることができる。家が貧乏でお金をかけた教育ができなくても、多くの公立のトップ進学校では予備校顔負けの受験対策を行っており、学校の勉強だけしていれば難関大学へ進学することが可能である。

今の制度であれば、貧乏な家に生まれても、必死で勉強してトップ進学校に入り、そこでまた必死に勉強することで難関大学へ入ることが可能である。入試はある種の「機会の平等確保装置」として作動している面がある。これを、例えばツイッターでしばしば聞く「パソコン、ケータイ何でも持ち込み可の入試」にするとどうなるか?貧乏な家の子供は勝ち目がなくなってしまう。

現状、子供のIT機器活用スキルは家庭の経済力の影響を顕著に受けている。IT機器を使いこなすスキルに長けている者とは、当然ながら、自分専用のPCを持っている者である。今の日本で自分専用のPCを買ってもらっている高校生というのは相当裕福な部類だろう。家族共用のPCしかない高校生は多く、そもそも家にPCがない高校生も相当数存在している。今の日本ではほとんどの学校にPC室があるとは言え、PC室のPCを自由に気軽に触れない学校がほとんどであり、学校でPCの使い方を十分に教育してくれる訳でもない。家にPCがあり最低限PCの使い方のわかる人が居ないと、大学入学まで完全なPC音痴で来てしまうのが今の日本の現状である。IT機器を駆使して回答するような試験は、確かにこれからの時代には合っているのかもしれないが、学校では教えてくれないことを課す試験というのは低所得層の子供に一方的に不利である。
 
次に、社会的評価に対する公平である。今の入試制度では、本番の点数さえよければ、それまで3年間素行が不良でも、ろくに勉強していなくっても、先生の評価が悪くても、難関大学に入ることができる。これを例えば、よく言われる「高校の成績やボランティア活動の実績などを多面的に評価する」入試にしてしまうと、素行不良の受験生は見込みが無くなってしまう。

確かにアメリカなど海外ではすでにそのような入試をやっているが、アメリカと日本では環境が違いすぎる。アメリカでは多彩な才能を評価するということが風土として根付いているが、日本では先生や親、社会の評価は一面的である。また、アメリカでは優秀な生徒は飛び級で先に進むことができるが、日本では他の生徒のペースに合わせることを強制されるので、優秀すぎる「浮きこぼれ」が素行不良になりやすい。さらに、日本では尖った才能を持つ子供が才能を発揮して活躍できる環境が整っているとは言い難い。結果として、「多面的な評価」をしようとしてもコツコツ型の才能ばかりが目立つだろう。

今の日本の学校では、クリエイティブな尖った才能の生徒は評価されない。こうした状況のまま、「多面的な評価」でクリエイティブな才能を拾おうとしても、結果的にはそうした才能を隠し持った素行不良の人材を排除することになってしまう。今の入試制度は、頭が良ければ高校での評価に関わらず誰でも難関大学に入れる。恵まれた才能故に日本の学校教育に不適応を起こしている高校生にも道が開かれていることで、結果的に尖った才能もある程度拾い上げられている。

このように、今の入試制度はいくつかの問題点を抱えているとは言え、「頭の良い奴が勝つ」というシンプルさ故に貧乏人にも変人にも公平な制度となっている。貧乏であることも変人であることも、日本では実に人生の質を損なう要因であるが、頭が良ければ大学入試を通じてこうした不利を逆転することができる。日本には他にあまり逆転の機会が用意されていないだけに、入試が持つ「逆転の機会」の役割は重要である。入試制度改革を考える際には、入試が持つこうした公平性が損なわれないよう最新の注意が必要である。
(東郷航平 大学生/筑波大学3年)

2011-03-10 Thu 02:22
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
韓国女優「性接待リスト」ツイッター流出 トップに朝鮮日報社長の実名記載
韓国女優「性接待リスト」ツイッター流出 トップに朝鮮日報社長の実名記載
2011年3月9日(水)19時31分配信 J-CASTニュース 

チャンさんの手紙について報じる朝鮮日報 [ 拡大 ]

-PR-
2009年に自殺した韓国の人気女優、チャン・ジャヨンさんが書いたとされる手紙の中身が明らかになってきた。「性接待を強要された」と遺書に残したチャンさんが、接待に関係した31人の名前や職業を手紙に書き留めていたのだ。

いったい31人は誰なのか。インターネット上には早くも「リスト」が出回り始めた。中には韓国の大手新聞社社長の名が記されていたという。

金融機関やIT企業、テレビ局のプロデューサー…

チャンさんは2005年から亡くなるまで、現在収監されている男性に50通の手紙を送ったとされる。二人の関係の詳細は不明だが、報道によれば男性本人は「チャンさんの幼なじみ」と主張している。手紙には、女優業を続けるうえで所属事務所に「性接待」を強要されるチャンさんの苦しみとともに、当事者たちへの恨み、憎しみが綴られていた。

2011年3月9日朝、韓国の警察は男が収監されている刑務所に赴き、チャンさん直筆と見られる手紙20通を入手した。今後は筆跡鑑定に回され、本物だと認められれば、一度は終結した性接待疑惑の真相究明について、警察は再捜査へと動き出す模様だ。

この手紙には、チャンさんが性接待を受けさせられたという31人について、記述があった。「金融機関やIT企業、新聞社の幹部、テレビ局のプロデューサー、映画関係者」などで、どこで「接待」が行われたのかについても記されていたようだ。「スポーツ韓国」紙(電子版)によるとこの31人は、09年にチャンさんが自殺した直後に、何らかの関係があるのではと浮上した顔ぶれと重なる。当時警察の事情聴取も行われたが、誰が性接待を強要したのかを特定することはできず、最終的には全員不起訴処分となった。

韓国のテレビ局SBSは、再三にわたって手紙のコピーの映像を流し、主要紙もウェブサイト上に画像を掲載しているが、具体的な所属や姓名までは明かしていない。ところがツイッターを中心に、31人の実名と所属先がリスト化され、流出しているのだ。出所は不明だが、最初に挙げられた人物は韓国の主要紙「朝鮮日報」の社長だった。

系列会社「スポーツ朝鮮」の元社長のこと

これを受けて朝鮮日報(電子版)は3月9日、チャンさんが残した手紙に「朝鮮日報の社長」と書かれていることを認めたうえで、実際は同社の系列会社「スポーツ朝鮮」の元社長のことだと主張。そのうえで、元社長と、チャンさんが所属していた事務所の当時の代表が親しい間柄だったため、ソウル市内の中華料理店で元社長とチャンさんを引き合わせ、昼食を共にしただけだと疑惑を強く否定した。「朝鮮日報の社長」とあったのは、元代表がチャンさんに間違った肩書きで紹介したせいだというのだ

さらに、09年にチャンさんが自殺した際、朝鮮日報の社長がチャンさんの遺族から告発されたが、嫌疑なしとされ不起訴処分となったことにも触れ、一部マスコミがいまだに朝鮮日報社長が「事件」にかかわった疑いがあるような報道をしていると批判した。とは言え、朝鮮日報への読者からの風当たりは強い。記事に対して160件を超えるコメントが寄せられ、中には「スポーツ朝鮮は朝鮮日報の関連会社。その元社長が(性接待に)関与しているのなら朝鮮日報も無関係でないはず」と厳しく追及する意見も書き込まれた。

警察や検察へも厳しい目が向けられている。SBS(電子版)は3月8日付の記事で、チャンさんが告発した「性接待」の真相に切り込めず、「意図的に捜査の手を抜いたと思われても仕方がない」と辛口だ。社長が疑われた朝鮮日報は3月9日の社説で、チャンさんの自殺以後も芸能人の自殺が耐えない点を指摘し、性的な接待を強要する「闇の勢力が今も力を持ち続けている事実を証明するものだ」として、全容解明を訴えた。

「中央日報」(電子版)の3月9日の社説でも、チャンさんの死直後の捜査は「声ばかり騒がしく、ミステリーは解けないまま」で終わったと非難。「検察と警察はこれ以上ためらう必要はない」と叱咤している。

2011-03-10 Thu 02:20
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
中国・ワハハ集団、日本の乳製品企業買収を検討
 【北京=幸内康】中国の飲料最大手「娃哈哈(ワハハ)集団」の宗慶後会長は6日に北京市内で記者会見し、日本の乳製品企業の買収を検討していることを明らかにした。


 具体的な企業名は挙げなかったが、「日本企業から希望があった」と述べ、日本でヨーグルト事業を展開する考えも示した。また、「日本人は仕事熱心で、企業の技術レベルは高い」と買収のメリットを挙げた。娃哈哈は浙江省杭州市に本社を置く民間企業で、清涼飲料水や乳飲料などの製造で急成長している。

(2011年3月6日19時38分 読売新聞)

2011-03-07 Mon 00:29
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
中国の富豪。
<ビックリ中国事情>リムジン9台、鼓笛隊1000人、礼砲16門……大富豪の超豪華お葬式―浙江省温嶺市
2011年3月5日(土)16時31分配信 Record China 

4日、浙江省温嶺市新河鎮で超豪華な葬式が催された。リンカーンのロングリムジン9台、1000人の鼓笛隊、16門の大砲からなる大葬列は道行く人を驚かせた。 [ 拡大 ]

-PR-
2011年3月4日、浙江省温嶺市新河鎮で超豪華な葬式が催された。リンカーンのロングリムジン9台、1000人の鼓笛隊、16門の大砲からなる大葬列は道行く人を驚かせた。鳳凰網が伝えた。

この葬礼、母親をなくした現地の企業家が催したもの。関係者によると、費用は500万元(約6300万円)に達したという。近年、温嶺市の富裕層の間には「豪華葬儀競争」が起きている。数年前までは霊柩車といえば、普通のマイクロバスだったのが、今やお値段数百万元の超高級車が使われるようになっている。

格差社会化が進行する中、こうした富裕層の「成金趣味」は強い批判にさらされている。記事には「中国の富裕層はなぜ慈善活動に金を使わないのか。そればかりか、公金で飲み食いするばかり」「財産自慢をするから、金持ちは憎まれるようになるんだ。実際、金持ちの多くは後ろめたいことをしているやつらだ。だからみんなに憎まれるんだ」などのコメントが寄せられている。(翻訳・編集/KT)

2011-03-06 Sun 15:27
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
イメージコンサルタント
イメージコンサルタント各種養成コース
2011-03-06 Sun 04:08
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
服とアイデンティティ。
政治・社会階級 → ファッション黎明期 
------<閉鎖的で服が社会階級で定められた時代>------------(19世紀)
文化的な側面 → ファッション発展期
------<ファッション・ルネサンス到来 熱い議論が勃発>--------(20世紀初頭)
人間の内的側面と記号モード体系 → ファッション続・発展期
-----<この辺から「衣服」を人間の内的存在として扱うようになる>----(20世紀)
個人の自己実現とイメージ → ファッション洗練期
------<服とアイデンティティーが考察される時代>--------------(1970年から)

2011-03-06 Sun 04:05
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
私もそこに生を得た庶民の歴史に傷を残してはならないという思いもまた
成婚に関するもの [編集]
昭和30年(1955年)~31年(1956年)頃、東京・銀座の小料理店「井上」2階にて、独身時代の三島由紀夫と“見合い”風の対面をしている(同店女将・井上つる江談。『週刊新潮』2009年(平成21年)4月2日号)。
皇室に嫁ぐ際には実家の庭に白樺の苗を植え「これを私の身代わりにしてください」と言った。このとき父・正田英三郎から、「天皇陛下と皇太子殿下の御心に沿って生きるように」との言葉を贈られている。
成婚に際しては作曲家の團伊玖磨が「祝典行進曲」を作曲した。この曲は後に紀宮清子内親王が降嫁する際、皇居から帝国ホテルへ出発する内親王を送るためにも演奏された。
国民から盛大な歓迎と祝福を受けたが、この事に関し平成16年(2004年)の誕生日に次のように発表した。[3]
「私は今でも、昭和34年のご成婚の日のお馬車の列で、沿道の人々から受けた温かい祝福を、感謝とともに思い返すことがよくあります。東宮妃として、あの日、民間から私を受け入れた皇室と、その長い歴史に、傷をつけてはならないという重い責任感とともに、あの同じ日に、私の新しい旅立ちを祝福して見送ってくださった大勢の方々の期待を無にし、私もそこに生を得た庶民の歴史に傷を残してはならないという思いもまた、その後の歳月、私の中に、常にあったと思います。」

2011-03-06 Sun 03:59
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
服とアイデンティティ
しかし着続けた服(アイデンティティ)の脱ぎ方を人はほぼ完全に忘れる。それが自分を苦しめても。それでも「お気に入りの服」なんよな。RT @0129hiroyuki: 「人はその制服の通りの人間になる」と。自分に自信の持てる服を身につければ、行動や言動も変わると言われとります。
2:32 PM May 13th, 2010 HootSuiteから

h_uno
宇野ひろみ
(名称 宇野ひろみ
位置情報 大阪、神戸、京都、名古屋、熊本
Web http://hiromi.in/
自己紹介 コーチングのプロ。人生が100倍面白くなる【自由人】を提唱、自由人へのアプローチとしてコミュニケーションのプロを育成。「猫と人はみんな友達」という気持ちで積極的にフォロー。必要として下さった時は、コーチング、コンサル、セラピーで奇跡的なことを起こして愉しんでます。セッション数1万件超。アソビ好き、イタズラ好き。あほ。)

2011-03-06 Sun 03:20
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
国選弁護人の言葉。
法の公正というものは人間社会の根幹だ。法の前に公平であるこそ、人間が安心して生活することができる。

法の正当なさばき。

~by「告発 国選弁護人」

2011-03-05 Sat 01:00
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
すっぴん。
どこまで平気?すっぴんOKの境界線を探る (独女通信)


化粧をしないそのままの素顔である「すっぴん」。



女性芸能人がブログで晒せばたちまち「カワイイ」と大絶賛されるようだが、一般人、しかも30歳オーバーの独女にとって、すっぴん晒して「カワイイ」と絶賛されるのは容易ではない。やはりたいていの人にとって何も取り繕っていないすっぴんという状態は、できれば人に見られたくない裏の顔ではないかと思う。



しかしそんな裏の顔でも「ここまでなら晒してOK」「ここからは無理」という“境界線”が人知れず存在するのではないだろうか。ちなみに美容情報サイト「BIGLOBE Kirei Style」が“アラフォー女性”を対象に「スッピンでどこまで外出できる?」というアンケートを行ったところ、一番多かったのは「徒歩圏内のコンビニ程度」で41.8%。つまり一番多い境界線は“徒歩圏内かどうか”ということになる。続いて多かったのはなんと「どこでも行ける」という境界線フリーダムの人が23.5%。逆に「外に出るのは無理」という人は18.0%だった。人によっていろいろである。



ところでこの「すっぴん境界線」は一体どういう基準によって決定されるのか? まず“徒歩圏内かどうか”という地元派の意見をこちらで取材してみることに。



「今住んでいるところは首都圏通勤圏だけど、周りは畑ばかりでのどかな場所。すぐ近所に地元の公立高校があるけど、そこの女子高生はスカートの下に体育ジャージはいて歩いているようなところなんです(笑)。こんなところに住んでいれば誰だって化粧する気がなくなりますよ」



こう語るのは都内の職場まで通勤するのに1時間半かかる場所に住む利恵さん(35歳)。



一方で、利恵さんとは逆の住環境である由紀菜さん(30歳)は次のように語る。



「私の場合お台場が自転車圏内なんですけど、私にとってその周辺は完全に地元。周りはデートっぽい服装でキレイな人がいっぱいいても、すっぴんで買い物とかしています」(由紀菜さん)



地元という意識があればお台場だろうがどこだろうが関係ないということか。



しかしアンケート結果にはなかったが、場所ではなく一緒に行動する人や目的などで境界線をひくというのは睦子さん(34歳)。



「私の場合重要なのは場所じゃなく相手や目的。地元でもデートや合コンならしっかりメイクするし、1人での買い物だったら渋谷とかに行ってもメイクしません。電車とかの交通機関もすっぴんで平気です」(睦子さん)

また早苗さん(37歳)の境界線はもっと単純で“仕事”か“休日”か、だという。



「仕事のある平日はフルメイクで、休みの休日はスッピン。もちろん休日に冠婚葬祭などがあれば別ですけど、基本的にこのサイクル崩しません。まあ休日にあまり出歩くのが好きじゃないというのもありますが」



ところで女性の中にはそういった境界線をもたず「どこでも行ける」人や「外に出るのは無理」という人も存在する。

「どこでも行ける派」だという早紀さん(29歳)はその理由を次のように語る。



「仕事はほとんど外に出ない事務作業なのでほとんどすっぴん。基本的に毎日すっぴんですね。理由は正直あまり化粧映えしない顔だから。化粧したからといって劇的に美人になるわけでもなく、すっぴんと正直大差ないんですよ。まあもともと化粧が下手なだけかもしれませんが……」



そんな早紀さんが化粧するのは冠婚葬祭くらい。口紅やファンデーション等は3年以上前から同じものを使っており、なかなか使いきれないという。 



逆に「外に出るのは無理」という純子さん(30歳)は「毎日ほぼメイクしているので化粧品代はかなりかかりますね」とのこと。

「メイクしないと眉毛もほとんどない状態だし顔色も悪いので、すっぴんだと本当に不健康そうに見えるんですよ。だから近所のコンビニでも外出しているときは必ずメイクします。すっぴんでOKという人は、よっぽど素顔に自信があるようでうらやましいです」(順子さん)



一方彼氏と同棲しているという優奈さん(35歳)の場合は「基本朝起きて顔洗ったらもうフルメイク。風邪ひいて寝込む時とかはさすがにしませんが、一日家にいてもフルメイクしています」と語る。彼の前ではやはりいつでもキレイにいたいという女心か?



「いいえ。どちらかといえば彼が望んでいることです。彼は休日だからといって私がだらしない格好で化粧もしないのが嫌だっていうんですよ。そんな彼も休日はだらしない格好ではなく、一応身だしなみに気を使っています。正直疲れるなと思うこともあるけれど、まあ仕方ないですね」(優奈さん)



たかが化粧、されど化粧。その基準も女性によってさまざまだ。“すっぴんの境界線”という自分とは違う基準を垣間見ることで、人そのものの生き方もみえてくる?(橋口まどか)


2011-03-04 Fri 21:05
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
「自分自身をあきらめなければ何かにつながるんです」~芸人なだき武
“お笑い職人”なだぎ武「光に向かってあきらめない」 (夕刊フジ)

記事写真

 自伝小説「サナギ」を著した、なだぎ武(写真提供 産経新聞社)
 2007年の「R-1ぐらんぷり」から2連覇という偉業を成し遂げた。お笑いユニット「ザ・プラン9」のメンバーながら、ピン芸人としても職人的な味で人気だ。

 そんな“お笑い職人”が、芸歴20周年を記念して自伝小説を出版した。中学時代にいじめに遭い、その後、引きこもり生活を送った暗い過去を包み隠さず赤裸々に“告白”。謎の多いミステリアスな男が、これまでベールに包まれていた青春時代をカミングアウトしたワケとは-。

 「いったんはお断りしたんですが、年齢が40歳、芸歴も20年という節目で、このタイミングしかない、と思いましてね」

 出版した自伝小説のタイトルは「サナギ」(ワニブックス)。執筆には1年を費やした。

 「過去を思い出しているうちに、当時の自分になってしまって、誰ともしゃべらないこともあった。原稿を書いているうちに腰痛にもなっちゃって…」

 小学校時代はクラスになじめないまま卒業。中学に入ると、肥満で人見知りだったことから、いじめの標的になった。

 殴る蹴るの暴行。弁当箱には砂を入れられ、便器の中に顔を突っ込まれた。悲惨な仕打ちの数々にもたえ中学を卒業。進学は放棄。メッキ加工工場に就職も、逃げるように退社。タレントを夢見るも挫折、引きこもりに。食を断ち、拒食症状態に陥る…。

 「今、同じ状況の方の勇気になればと思っています。自分自身をあきらめなければ何かにつながるんです」

 「あきらめなかった」自分は、暗い生活から脱出しようと初めてアルバイトをしたり、「寅さん」の映画を観て思い立ち、一人旅にも出た。そして18歳のとき、よしもとNSC(吉本総合芸能学院)に入学。運命は大きく変わった。

 「遅かったけれど(NSC時代が)僕のホントの青春時代だった」

 暗く切ない思春期から、後半は光に向かって羽化していくサナギのような男の物語。不惑を迎え、「あの当時は、人間失格の(大庭)葉蔵と違って、もうひとつの自分を作れなかった。今は、表現者としてコントの中に、もうひとつの人物がいますけれどね」とつぶやく。

 ありのままをつづった本には、デビュー前から憧れの芸能人で、映画「のだめカンタービレ」の共演で意気投合したという竹中直人(54)から推薦文が寄せられた。喜びもひとしおだ。

 「同年代の方々に読んでほしいですね。僕の過去より、自分のわが子の方がまだマシ…と思っていただければ」

 ライバルは同期のバッファロー吾郎・木村明浩。「彼らが書いた『ラブボール』には負けたくないですね」。この時ばかりは作家の顔になった。

 最後に、この人についてはぜひとも聞いておかねばならないことがある。昨春、ディラン&キャサリンのネタで共演している友近(37)との“長すぎた春”に終止符を打った。復活愛はあるのか?

 「ないですよ。新しい恋をしたいですね」

 もちろん恋も、あきらめてはいない。

2011-03-03 Thu 02:02
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
私は何をしているだろう!!??

【戦略】中国の鑑定事務所と業務提携、ステイジア・キャピタル
2008/03/27
 中国やベトナムなどにおける不動産投資のサポート業務を手がけるステイジア・キャピタル・ホールデイング(Stasia Capital Holding)は2008年3月、中国・上海の不動産鑑定事務所と業務提携したことを明らかにした。提携先とステイジアの不動産鑑定士とが共同で、中国国内の不動産の鑑定評価を進める。不動産市場調査や情報交換などにおいても業務提携した。

 2008年1月、国土交通省が「海外不動産鑑定評価ガイドライン」を作成したことで、ファンドやREIT(不動産投資信託)による海外不動産投資の体制が整備されつつある。5月には、東京証券取引所がREIT(不動産投資信託)の海外不動産投資を解禁する予定だ。ステイジアの顧客でも中国の不動産鑑定評価の需要が高まっているが、一方で中国の鑑定評価書がわかりづらいとの声が寄せられていた。今回の業務提携はこうした要望に応えるものだ。

 ステイジア・キャピタルは2002 年12月に創業した企業で、子会社の上海ベターハウスを通じて中国不動産の売買および賃貸仲介、投資コンサルティングなどを手がけている。2007年1月には、ベトナムにも事務所を設立した。今回、業務提携した鑑定事務所は、上海市にオフィスを構える上海房地産估价師事務所有限公司(Shanghai Real Estate Appraisers)。中国で最初に設立された評価機関で、2007年には約4200件の評価実績を持つという。

2011-03-02 Wed 14:12
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
日本語。
たけし TVは「叩くと決まれば、完膚無きまでに叩きまくる」

2011年03月02日10時00分
提供:NEWSポストセブン
0
ツイート
1
コメント
1
total
【書評】『超思考』(北野武/幻冬舎/1470円)
 * * *
 テレビでは、〈誰かを世の中が褒め始めたら、気持ち悪いぐらいに持ち上げて、べた褒めしまくる。叩くと決まれば、徹底的に、完膚無きまでに、糞味噌に叩きまくる〉。これは現代の子供社会のイジメと同じこと。つまり、みんなと一緒じゃなければ自分がいじめられるからだ―。
 政治、医療、死刑問題からお笑いの世界まで、毒舌、暴言を交えて本音を語りまくる。誰もが語ってくれないその論調には、思わず納得させられてしまう。

2011-03-02 Wed 12:26
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
私は曲がり道をしている暇はないの。

「結婚してくれないなら別れます」
日経ウーマンオンライン(日経ウーマン) 2月16日(水)10時52分配信

結婚してくれないなら別れる、と言えますか…
 みなさん、こんにちは! 働き女子の“恋愛アラーム"をセットする「時事恋愛」、今回のテーマは「きっぱりとした意思表示」です。

【詳細画像または表】

 「恋と仕事のキャリアカフェ」には、

 「いまの彼が、結婚してくれるか心配」

 「これから新しい相手が見つかるか不安。だから固執してしまう」

 「将来がないと分かっていても、別れられない」

 といった悩みが寄せられることがあります。

 「仕事に自信を持てるようになったら」

 「いまの関係で十分じゃない?」

 「結婚するとしたら君だけど、それは今じゃない」

 などなど、さまざまな言いぐさで結婚を先延ばしにしようとする男性と、早く結婚/出産したいと願う女性の思いはすれ違いがち。ですが、中には、相手の男性にきっぱりと意志を伝える女性もいます。

 ある知り合いの女性は、30歳を目前にして、当時付き合っていた男性に「もし1年以内に結婚する気がないのであれば、すみませんが、ほかを当たります」と最後通牒をつきつけました。彼もぼんやりと結婚は意識していたので、その言葉をきっかけにめでたく結婚。いまでは二人のお子さんに恵まれて幸せな家庭を築いています。

 一方、ある友人男性は、27歳のときに同い年の彼女から「私と今すぐ結婚するか、別れるかどっちかを選んでほしい」と言われました。「君のことは大好きだし、別れたくはないけれど、いますぐ結婚というのは難しい」と誠実に打ち明けたところ、彼女はあっさり彼の元を去り、2カ月もたたないうちに新しい彼を見つけてすぐに結婚。彼としてはポツーンと取り残されたような気持ちになったそうです。

 また、別のアラサー男性は年上の女性と知り合い、意気投合したので、いざ仲良くなろうとしたところ「私には、寄り道してるヒマはないの」と釘を刺されたのだとか。結婚を前提とした交際以外する気がない、その覚悟はあるのか?という強烈なメッセージに、彼の浮ついた心はしぼみ、ちょっかいを出すのを控えて退散。「正直に言ってもらって、よかった」と彼女の姿勢を評価していました。

 いかがでしょう? いずれのケースからも「自分の人生は自分で決める」という、女性たちの強い意志が感じ取れます。

 とはいえ、正直だれもが真似できることではありませんし、こういった態度が裏目に出てしまうこともあるはず。さらに言えば、頭では分かっていても、ついつい情や気持ちが入って判断が鈍ってしまうのが「恋」の妙味ですし、自分のライフプラン通り=結婚をすぐにでもしてくれる男性しか眼中に入れないというのも、考えものです。

 ですが、

 「とにかく、このままじゃいけない」

 「もし将来のことを考えるなら、次に行かなきゃ」

 「あいまいな関係は、もうウンザリ」

 と、終止符を打ちたいのに勇気が出ない女性、次の可能性に進むのが臆病&おっくうになっている女性には、見習うべき点があるかもしれません。まずは、その気持ちだけでも男性に伝えてみることが大切だと思います。

 「頭で考える判断」と「心で感じる気持ち」のバランスの中で、最善の選択ができることを祈っています!

五百田達成

コラムニスト・コンサルタント
1973年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。角川書店・博報堂・博報堂生活総合研究所を経て、現在は「コミュニケーション」「男性と女性」をテーマに執筆や講演を行う。同時に「恋と仕事のキャリアカフェ」を主宰し、「自由でしなやかな生き方・働き方」を広めている。著書に「『2回目のない女』を卒業し

2011-03-02 Wed 12:11
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
日本語が砕けた以外に、何もなかった。決して許されることではない。

2011-03-01 Tue 02:33
別窓 | 未分類 | コメント:0 | トラックバック:0
| 不死鳥の独り言 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。