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国際親善
ロザンナとキムヘギョン - 愛は傷つきやすく、人の運命は残酷に

一年に一度くらい、ヒデとロザンナの「愛は傷つきやすく」を無性に聴きたくなるときがある。そういう人間が他にもいて、市場の需要を形成しているようで、ありがたいことにネットからダウンロードできるようになっている。この曲はバラードとして完成度の高い名曲だが、特に成功しているのは歌詞の冒頭の「自由にあなたを愛して愛して私はこんなに傷ついた」の言葉運びだろう。「自由に愛する」ことの意味がよく伝わってくる旋律と響き。「自由に愛する」ことの代償や痛みも経験し、それでもなお「自由に愛する」ことへの憧れや欲望を捨てきれない男女が、この曲のメッセージの確認を希求して耳を傾ける。和語で構成する日本の愛の歌の中に「自由」という漢字の熟語は使いにくいものだが、それがテーマも含めてこれだけ見事にワーディングに成功している例は他にない。36年前の曲とは思えない普遍性がある。作詞は橋本淳、作曲は中村泰士。オリコンチャート1位を記録。

出門英が死んだのは90年の6月17日で、年齢は47歳だった。ヒデは平成の世の中を見ることなく昭和の人として死に、生涯の作品も今の時代とは感性の異なるロマンティシズムの楽曲が残った。代表曲に関口宏が詞を書いた「星の砂」がある。サビがトップに入る印象的なバラード。ヒデが死んだときロザンナは40歳で、14歳と12歳と9歳の三人の育ち盛りの子供がいた。ヒデが死んで少しして、バブルが崩壊した頃だったと思うが、ロザンナがテレビに出て発言するようになり、「日本は、国はイタリアより豊かだけど、個人はイタリアの方が豊かよね。どうしてだろう」と語っていた。時代の問題意識を象徴的に表現した一言だった。それから子育てをしながらパスタを中心とするイタリア家庭料理の本を書き、日本での紹介と普及に努め、現在もイタリア調理師協会の名誉会員として精力的に活動を続けている。ロザンナはイタリアと日本との文化交流に絶大な貢献をした。

ある年代から上の日本人にとってイタリアと言えばロザンナの人格を想起する。イタリアの人間の豊かさや素直さや心の大らかさをロザンナを通して思い浮かべる。イタリアのプラスイメージをロザンナが代表していて、日伊親善にロザンナが果たした役割の大きさは計り知れないものがある。イタリア政府は勲章を授与しているだろうか。そういう国際親善の人間が他にいないかなと思って探し考えたが、ロザンナほど典型的な例を見つけられなかった。フランスとかいそうだが、岸恵子は日本人だ。ドイツはいない。英国もいない。ギニアとサンコン、ブラジルとマルシア、香港とアグネスチャンに若干近い雰囲気がある。でも少し違う。本当はロシアと日本を繋ぐ人間でロザンナのような人が出てくれたらありがたいのだけれど、なかなかそういう人間が出て来ない。国際化と言い、国際交流はロザンナの時代とは比較にならないほど進んでいるのに、ロザンナのような理念型の人が出ない。

テレビは世界中の映像を流すようになり、日本人が海外を見る目は豊かになったはずだが、日本人の世界認識のレベルは昔よりも低くなっているように思われる。日本人の知性の水準が落ちている。ロザンナのような人間が出るためには、例えば18歳くらいまでを日本とは無縁な故国で過ごし、そして環境の全く異なる日本で仕事と生活をして、カルチャーショックを受けながら人間として成長してもらわなくてはいけない。そういう人は実際には無数にいるはずだ。いるはずなのだけれど、国際親善人格の理念型たる第二のロザンナが出ないのは何故なのだろう。メディアのインダストリやシステムの問題なのか。あるいはそういう純粋な人間は日本を嫌って帰国するのだろうか。それとも我々がすでに第二のロザンナ的類型の出現を必要としていないのだろうか。国際化と言いつつ、日本人は謙虚さを失って徐々に独善的になり、貧乏国になろうとしているのに金満国のつもりでいる。

ロザンナを考えたのは実はキムヘギョンの問題で、ヘギョンの元気のない映像を見ながら、横田早紀江は「ヘギョンちゃんだけが家族の中で浮いていてかわいそう」だと言った。本当にかわいそうだと思っているのだろうか。ヘギョンの表情は三年前と一転して暗鬱だった。三年前は希望に満ちた明るい笑顔で、カメラの前で「おじいさん、おばあさん、元気でいて下さって嬉しいです。孫娘に会いに来て下さい」と弾むような声で言っていた。小泉首相が訪朝し、日朝国交正常化の道が見え、北朝鮮の経済発展が日本の援助で始まるかも知れないという期待が国民的なレベルで高まっていたのだろう。あのとき北朝鮮の人々は、72年の日中国交正常化とその後の中国の改革開放の絵を想像したに違いない。人的交流が始まる。日本語ブームになる。ヘギョンはその中でトップを切って日本に渡る遣日使だった。国家の使命を背負って未来を切り開く重大な運命が自分の前に広がったのである。

そのヘギョンを絶望のどん底に突き落としたのが、実祖母である横田早紀江と安倍晋三と右翼だった。人間の運命は皮肉に満ちている。小泉訪朝までのヘギョンは金英男一家の中で本当に辛い立場だっただろう。ちょうど「大地の子」の陸一心の文化大革命時代のような境遇。敵国の血が入った生まれながらの敵性要注意人物。そこに小泉訪朝で彼女の運命を開く希望の曙光が射したのだ。15歳。飛び上がらんばかりに嬉しかっただろう。祖母と祖父のいる先進国の日本へ渡りたかっただろう。北朝鮮と日本の親善のために自分の人生を賭けたかっただろう。母親の不幸の分まで幸福になりたかっただろう。ヘギョンがむごい。人間の運命は皮肉で残酷だ。実の祖母に裏切られたのである。現在の北朝鮮にとって日本は真性の敵国であり、その規定は客観的に間違っていない。日本はほぼ確実に北朝鮮との間で謀略戦争を起こす。ヘギョンの北朝鮮での立場が悪くなるのは当然だ。

祖国に戦争を仕掛けている軍事指導者が実の祖母なのだから。横田早紀江は東条英機である。横田早紀江が政治家として何なのか、ずっと考えていたのだが、紙幅がないので結論だけだが、私が考えて見つけた答えは国防相だった。国防相としてテレビで戦意高揚のアジをブッているのだ。「はらわたが煮えくり返る」とか、「怒りを煮え滾らせろ」とか、毎日毎日同じ戦争指導フレーズを繰り返している。鬼畜北朝鮮への憎悪を煽っているのである。日本はすでに半戦時下で、横田早紀江が事実上の国防相である。絶望を与えられた孫娘のヘギョンに同情する。金剛山でヘギョンの表情が暗かったのは、その原因を作ったのは実祖母の横田早紀江ではないか。イデオロギーは限りなく人を不幸にする。右であれ、左であれ。

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2010-07-18 Sun 02:25
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