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寒门出贵子,要闯多少关?
寒门出贵子,要闯多少关? (2011-08-09 09:09:49)转载
标签: 杂谈 分类: 时事
韩浩月

一位当了15年教师的人日前在网上发帖,称现在成绩好的孩子越来越偏向富裕家庭,“这个时代寒门难出贵子!”发帖教师直言,“寒门学子输在了教育起跑线上”。该帖在网上点击率已有40多万次。(8月8日《长江商报》)

  在师资方面,大量优秀人才的流失,让寒门子弟承受着不公平。作为义务教育均衡发展的重要体现,教师资源的匮乏、教师生存环境的恶劣,让农村以及偏远地区的孩子,站到了比城里孩子低得多的起跑线上。据《国家教育督导报告2008》提供的数字显示,艰苦地区有92.5%的校长反映35岁及以下青年教师流失,其中74.6%的校长反映主要流失的是骨干教师。《报告》分析这些教师流失的原因是,“待遇低、生活条件差、工作环境艰苦、个人发展机会少。”

  即便寒门子弟埋头苦读,大学之门也并非向他们公平地敞开。从上世纪90年代开始的高校收费改革,到1996年左右并轨时,全国平均收费标准年均约为500元,但到2005年时,收费即飙升到5000元左右,10年涨了10倍。近几年涨幅渐缓,但每年上万元学费的大学屡见不鲜,对穷苦家庭的学生来说,这无疑是一笔很大的数字。

  进入北大、清华,“寒门贵子”会愈加显现出其励志功用,而如今非重点中学的学子想进入这样的名校也非易事。比如,全国那么多中学,为什么只有少数重点中学才有推荐资格?校长实名推荐的理由,为何出现大量类似“综合成绩优秀”这样的笼统用语?

  对“寒门出贵子”最直白的理解是,“越穷的人家越容易出人才”。这个观点强调的是穷人的孩子知道自己的身份,懂得知识是改变命运的惟一途径。用感性的角度理解,这个观点是成立的,但理性一些看,它却不符合常识。什么是常识?在努力程度近似、智慧相同的条件下,名师名校培养出来的学生,成为“贵子”的几率,显然要大于穷困学生。穷困学生惟一的“武器”,是借助教育的公平与公正实现翻身,但这个“武器”,在他们接受基础教育时就被打折了。

  “重点高校,中产家庭、官员、公务员子女则是城乡无业、失业人员子女的17倍。”这个现实背后,隐藏着多少寒门子弟的无奈、悲观与失望。从幼儿园开始,他们就展开了实力悬殊的闯关,但从求学到升学,从毕业到就职,中间无数道关口,任何一道都可能让他们梦碎。在这个背景下,就不难明白,教育的公平和公正,有着多么沉甸甸的分量。

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2011-08-12 Fri 03:47
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「出身層が低いほど進学する学校のレベルは低くなる」と家庭の所属階層と入学できる学校水準は正比例する事実を指摘している。
名門大学で農村出身学生の割合が減少―中国
2011年8月8日(月)17時15分配信 Record China


6日、北京大学や清華大学などの名門大学で農村出身の学生の割合が1990年代以降減少していることが分かった。写真は遼寧省瀋陽市の大学に家族に送られて到着した新入生。 [ 拡大 ]

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2011年8月6日、北京大学や清華大学などの重点大学(国が指定した名門大学)で、農村出身の学生の割合が1990年代以降減少していることが分かった。重慶晩報が伝えた。

北京大学教育学院の劉雲杉(リウ・ユンシャン)副教授が1978年から2005年の北京大学の学生について調査したところ、78年から98年では農村出身の学生は約3割を占めていたのに対し、90年代中ごろから減少し始め、2000年から現在までは1割前後となっている。また、清華大学人文学院社会学科の学生による調査では、2010年度の農村出身の学生はわずか17%だった。

教育学者、楊東平(ヤン・ドンピン)氏の研究によると、農村の学生は主に一般レベルの地方単科大学に集中している。湖北省では、02年から07年の5年間で、大学専科に合格した農村出身の学生の割合は39%から62%にまで上昇し、軍事、師範などを主とした推薦入学の割合も33%から57%に上昇。重点大学では、中産家庭、官僚、公務員の子女が無職や失業家庭の子女の17倍だった。また、2004年にアモイ大学教育学院が全国の大学34校の出身状況を調査したところ、一般労働者階級の子女が重点大学や普通大学に入学する割合はそれぞれ7.9%、5.6%減少した。

また、各地の名門高校では手厚い教育経費と政策支援により毎年北京大学や清華大学へ大量合格させているが、楊氏は「この課程は最初から低所得層家庭を排除している」と指摘する。最近5年間に北京大学に入学した体育特待生の大多数は東部地区からであり、7割が大中規模の都市の学生で、農村出身はわずか6%だった。さらに芸術特待生はこれまで1人も農村出身者がいない。

「蟻族」という概念を作った学者の廉思(リエン・スー)氏は、「出身層が低いほど進学する学校のレベルは低くなる」と家庭の所属階層と入学できる学校水準は正比例する事実を指摘している。(翻訳・編集/中原)

2011-08-08 Mon 18:37
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女性の再婚禁止期間は違憲と提訴へ
女性の再婚禁止期間は違憲と提訴へ 総社市の女性、岡山地裁へ

 離婚後、女性の再婚を6カ月間禁止する民法の規定は法の下の平等に反し違憲で、精神的苦痛を受けたとして、総社市の20代女性が、国に165万円の損害賠償を求め、近く岡山地裁に提訴することが1日、分かった。

 訴状などによると、女性は前夫から繰り返しドメスティックバイオレンス(DV)を受け、2008年3月に離婚。半年後の10月に現夫と再婚した。女性は前夫との離婚が成立する直前の2月に現夫との間に女児を妊娠。離婚後、速やかな再婚を希望していたができなかった。女性は、男性が再婚禁止期間がないのと比べ、合理的な理由がなく差別しており、精神的な苦痛を受けたと主張している。

2011-08-08 Mon 13:13
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日本人であることが恥ずかしいと思う瞬間
日本人であることが恥ずかしいと思う瞬間

日本人は海外の人に比べると母国愛に乏しいのではないか、などと言われることがあります。
確かに外国人と会話をしていると、相手の口から「自分の国は本当に素晴らしい国だ」といった内容が、国籍・人種問わず出てきたりします。それに比べて日本人が、自ら自国を賞賛するケースというのは少ないのではないでしょうか。たとえ心では誇りに思っていても、口には出さない。これが日本文化、独特の美的感覚であることは紛れもない事実。
しかし、最近は心の底から「日本は恥ずかしい」と思っている人が多いようです。さて、いったいどういうところを恥ずかしいと思っているのでしょうか?
2ちゃんねるに掲載された「日本人であることが恥ずかしいと思う瞬間」のなかから、いくつかご紹介します。
「次の首相は誰がふさわしいか、と考えてみたら誰も思い当たらないとき」
混迷する我が国の政治体制。○○はいつ辞めるのか? などと議論されていますが、その前に代わりとなる相応しい人がいるのかどうかが気になるところ。誰も思い当たらないとなれば、明るい未来は見えるはずもありません。
「流されやすい国民性を再認識したとき」
これもまた、この国の文化を象徴しているのではないでしょうか。学生でいえば、金魚のフンみたいにトイレに集団で行くことなども当てはまると思います。誰かと同じ行動や考えを持っていれば、とりあえずひと安心という心理が出てくるのかもしれません。もう少し自分の意思を持つべき。
「ファッションに敏感すぎる もっと鈍感でいい」
これも、上記のような心のメカニズムが働いているのかもしれません。オタクファッションだって、ムリにオシャレにする必要はなし。清潔であれば、ありのままで良いはず。ところで、欧米の人々は日本人よりも洋服に無頓着なところがあります。あの世界ファッションの発信地、パリでさえ! あまり他人のファッションをとやかく言うのは、日本人気質の表れなのかも。
このほかにも、「日本人は恥ずかしいとか言う日本人を見たとき 」「映画で日本が出ると何故か恥ずかしいというか恥に思ってしまう」など、他人の評価が気になりがちの日本人らしい意見がチラホラありました。
「AKBが国民的アイドルなんだと知ったとき」
日本のアイドル文化は、なぜかいつもロリータチック。いつも同じテイストのアイドル集団の続出に、もはやお腹いっぱいの人もいることでしょう。どこぞの国のようにキュートでクールなアイドルを日本人が演出するのはムリなのでしょうか。
「自虐的日本人を見たとき 」
どこまで自分を追い詰めれば気が済むの? マイナスオーラ炸裂の日本人は多い。希望に溢れ、超が付くほどの前向き精神な外国人を見るに付け、もう少し見習ってもいいかもしれないと思うのですが……。
「外人に道聞かれた時、英語で上手く説明できなくて泣いた」
「日本人の英語コンプレックスの激しさ」
基本、英語が苦手な日本人。そりゃそうです、日常生活に英語が出てこないのだから。学生時代どんなに勉強しても忘れます。「英会話ができる=ひとつのステイタス」になっているのは、いかがなものか。勉強する努力は大切ですが、日本がグローバル社会で取り残されないためにも、公の場に英語を多く取り入れ、日本社会に定着させていくのもひとつの策ではないでしょうか。
「韓流に集まってるおばはん」
海外ドラマだけじゃなく、日本のドラマも見ればいいのにね! だけど、いったいどういうことでしょう。一度見ると、ズルズルはまり込んで行く韓国ドラマ。日本のドラマといったい何が違うのか。専門の方、ご意見願う。
「なぜかいつも韓国を意識してる連中を見たとき 」
嫌よ嫌よも好きのうち。これは日本人同士の人間関係にもいえることですが、嫌いと言いながら意識してしまい、いつの間にか韓国が好きになっていた、という人も多いのではないでしょうか?
「海外で悪ノリしてる日本人を見たとき」
日本では絶対にしないような目立つ行動を、海外でしてしまう日本人は多々います。言い知れない開放感に包まれるのでしょうか? どうせ悪いことしても誰の迷惑にもならないと思ってしまうのでしょうか? 「旅の恥はかき捨て」とは良く言いますが、海外の現地の人にとって、あなたは日本の代表のようなものですからホドホドにお願い!
ほかにも、「政治家や利権団体の汚職っぷり」「核の悲劇を繰り返してはならない! とか言いながら原発爆発」など時事問題に対する辛口の意見が見られました。
価値観は十人十色。価値を統一するのは土台ムリな話なので、もう少し力を抜いてもいいかもしれないとも思えてきます。今回の大震災で、世界から忍耐強く、マナーが優れている日本人と賞賛されましたが、それでもあなたは日本人であることが恥ずかしいと思いますか?

2011-08-07 Sun 22:51
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東電OL殺人事件 15年目の新展開 特捜部に続き警視庁も… 「信じられない捜査ミス」と証拠隠滅
この事件は、常識的な市民が判断する裁判員裁判なら無罪となるケースだろう。しかし、現実には、重要なポイントごとに「病原菌のような人物」が登場し、冤罪を生み出した。事件当時、外国人犯罪が増えている時期だったから、「捜査当局は何が何でも外国人を犯人にしたかったのか」と疑いたくもなる。とは言っても、中国人を逮捕したら国際問題になってしまう。「弱い国ならいいか」とでも考えたのだろうか

 取材中、後に東電社長になる南直哉氏が私を訪ねてきて、「釣りはお好きですか。執筆のお疲れもあるでしょうから、ぜひお越しください」と誘った。それが今回事故を起こした福島第一原発の排水口付近だった。暗に「東電の社名を書かないでほしい」と頼みに来たのか。誘いに乗らなかった私に南氏の真意はわからない。ただ、慇懃無礼で人を小馬鹿にした口の利き方をする男だという印象がある。

 文学的にいえば、殺害された女性は、長いダイイング・メッセージを残したなあと思う。「あんたたち、まだわからないの?」って、彼女の声が聞こえてくるようだ。彼女は真実にたどり着かない私たちに、いら立ったように、かつて勤めていた会社の原発を爆発させ、今回は司法制度をぶっ飛ばそうとしている、と。

 警察・司法の威信は完全に地に堕ちた。リスペクトなんて、これっぽっちもない。まさに、メルトダウンした社会を、今回の出来事は象徴している。 

2011-08-01 Mon 00:40
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